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道頓堀今昔物語

先日、取引先様へのご挨拶伺いで大阪は難波の道頓堀に行ってまいりました。

 

道頓堀と松本鉱泉の縁は長くて深いものがあるのです。

 

私が物心ついた頃の記憶のほとんどは松本鉱泉の工場のジュース製造の光景か、道頓堀の歩行者天国で遊んでいたものです。

 

昔、道頓堀には道頓堀東映という映画館がありまして、松本鉱泉は当時弊社で製造していた瓶ジュースを納品させていただいておりました。

 

更にその映画館の敷地内にある居酒屋さんの経営権を買って「たこしげ」という居酒屋の経営もしておりました。

 

(今はのれん分けをして「たこしげ2」という名で他の人が引き続き相合橋筋商店街近くで営業されています)

 

「たこしげ」という名をもしかしたら芸人さん大好きな方でしたら耳にしたことがあるかもしれません。

 

千原ジュニアさんや陣内智則さんなどがまだ全国区で売れる前によく来店されていたそうです。

 

そんな芸人さんに愛用される遥か以前からたこしげは存在しておりました。

 

私も小さい頃は両親がたこしげで働いておりましたので(母は先代社長です)、一緒にたこしげに連れていかれ、道頓堀の歩行者天国にあった噴水で遊んだり、道頓堀界隈を走り回ったりしていました。

 

時には「東映で映画見ときー」と言われて映画館の当時のスタッフさんのつてでよく映画を見させてもらったりもしました(特権やな)

 

東映まんがまつりとか、、、(懐かしい)

 

当時の道頓堀も賑やかでしたが、今の看板合戦的な華やかさとはまた違う感じでした。竹内力の時代のミナミの帝王に出てくる風景です(わかる人にはわかるはず)

 

小さい頃によく遊んだ道頓堀。

 

私が小学校3年生後半位に西成からミナミに引っ越ししたのですが、ミナミの住人になってからも日常生活の中に当然のごとく道頓堀は存在しておりました。

 

小学校の頃はニックネームが「根暗」と言われるほど根暗だったのであまり友達もおらず、いつも橋の上から道頓堀川に話しかけたりしていました(今考えるとだいぶ危ない子)

 

道頓堀川は私の中の友達ランキングでは親友レベルでしたので学校で友達があまりいなくても、いじめられて全員に無視されていても道頓堀川が傍にいてくれたおかげで寂しくなかったように思います。妄想力が強くて本当に救われた(笑)

 

そんないろんな懐かしい思い出のある道頓堀界隈。

 

今はカニや金龍の看板だけでなく餃子の看板とか歩いてるだけで目を楽しませてくれる看板がわんさかあります。

 

コロナ前のインバウンド観光客が大挙して押し寄せていた頃は、人混みもすごかったですが、今は落ち着きを取り戻しているというか、もう少し人がやってきてもいいのかな、、とも思いました。平日だったから少なかったのかな?

 

スタイリッシュアーバン路線を貫く梅田とは反比例して土着のもっちゃり大阪感を醸し出す道頓堀。

 

一日も早く、この道頓堀が再び「ああ、人混みだらけでうっとおしい!!」というくらいに観光客であふれかえって欲しいものです。

 

ちなみにこの道頓堀にも松本鉱泉管理の自販機が1台あります。

 

それはどこでしょう?(知るかー!!って?)

 

興味がありましたらお探しください(ヒント:ラーメン屋さんあたり)

 

 

餃子!!ギョウザ!!
餃子!!ギョウザ!!
カールのおじさんもいる
カールのおじさんもいる